私が犬を飼い始めたのは、今から30年程前のことです。今では珍しいことですが、当時は犬が公園に捨てられているということがよくありました。当時6年生だった私のクラスメイトが、ある日、登校中に公園で子犬を拾って来ました。茶色くてしっぽがクルンと丸まり、愛らしくも少し野生っぽさを感じるその子犬に私は胸をときめかせました。当時の担任の先生は教室でお世話をしてよい、と許してくれました。その日はずっとドキドキして、先生が授業で何を話してもずっとうわのそら。その子犬のことばかり考えていたのを覚えています。

学校が終わるとすぐにその子犬を連れて家に帰り、玄関のドアを開けるなり、母親に飛びつきました。「お願い!!散歩ちゃんとやるから、犬飼って!!」状況が掴めないでいる母を捕まえて外に連れ出し、連れて来たその子犬を見せました。「一生のお願いっっ!!」あまりに真剣な形相で、何度も何度も頭を下げる私に負けて、母は「わかった。散歩ちゃんとするんだよ。」と、飼うことを許してくれました。その日から、私と大好きな犬・ケンちゃんとの生活が始まりました。

それから小学校、中学校、高校、大学と、約10年間、私が家に帰って来る足音を遥か遠くから察知して、誰よりも真っ先に、そのクルンと丸まったしっぽを勢いよく振って、誰よりも喜んで私を迎えてくれました。しかし、私が中学生の反抗期の時は、母と約束した散歩に行かず、喜んで近寄って来るケンちゃんの前を素通りしたり、素っ気ない態度をとったこともあります。それでも、毎日、毎日、誰よりも喜んで、誰よりも早く私を迎えてくれました。

大学生になって、ケンちゃんが亡くなってから、涙にくれながらも、いろんな思い出が蘇りました。けれど、一番思い出すのは、特別な思い出ではなく、家に帰って私を迎えてくれるその時の姿です。その日常が私にとって特別なのでした。

もし、小学生の私に会えたら「一生懸命、頭を下げて飼ってもらえてよかったね。」と言うでしょう。中学生の私に会えたら「コラッ、もっとケンちゃんに優しくしてあげて!」と怒るでしょう。

実家に帰れば、あのクルンと丸まったしっぽが揺れるのを思い出します。